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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)1088号 判決

主文

被告は原告らに対し、それぞれ金五二九万三七二五円及びこれに対する昭和五四年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その二を原告らの負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一双方の申立

一  原告ら

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一八九三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月二三日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二双方の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和五四年一月二三日午後一時七分

場所 神奈川県鎌倉市由比ケ浜二―二三―二三

県道一〇号若宮大路交差点の横断歩道上

加害車 大型乗用車(バス)横浜二二か一九三四号

右運転者 山本一郎

被害者 山田晃人

態様 山田晃人が横断歩道上を歩行中、加害車が左折して左前部を晃人に衝突させ、左後輪で轢過し、同人を即死させたものである。

2  責任原因

被告会社は加害車を所有し、これを進行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益

逸失利益の算定に当り最も重要な問題は中間利息の控除である。これは将来得べかりし利益を現時点で与えたならば、受領したものはこれを年五パーセント程度の割合で増やしていく蓋然性が高いことを前提とする。一方同じレベルの問題として、物価上昇ないし賃金上昇の問題がある。現在の日本の政治的社会的体制を前提とするかぎり、年五パーセント程度の物価上昇ないし賃金上昇があることは、高度の蓋然性がある。

従つて、晃人の逸失利益の算定に当つては、将来の賃金上昇を算入して計算すべきである。

この前提に立ち、死亡当時六歳の男児である晃人の逸失利益を算定すると次のとおり金九六五一万七二〇〇円となる。

年収金二九二万一八〇〇円(昭和五三年賃金センサスの高卒男子の平均賃金)を基礎とし、昭和五四年、昭和五五年に各六パーセントの賃金上昇があつたから、昭和五五年の平均年収は金三二八万二九〇〇円となる。稼働可能期間は一八歳から六七歳まで四九年、生活費控除は四割とする。そして中間利息の控除と賃金の上昇はいずれも年五パーセントとして相殺する。

(二) 慰藉料

晃人は原告博と原告さと子の三男であり、原告らは六歳の可愛い盛りの晃人を失つたことにより、生涯癒されない深い精神的苦痛を豪つた。本件事故は、地元の路線バスが無過失の学童を死に至らしめたことで、学童の父兄や地域住民に与えた衝撃は大きい。その慰藉料は原告ら各自につき金一〇〇〇万円を下らない。

4  相続

原告らは晃人の両親として、晃人の逸失利益を二分の一あて相続したが、本訴においては、そのうちそれぞれ金一五〇〇万円を請求する。

5  填補

原告らは、自賠責保険から金一五一三万一三〇〇円の支払を受けた。しかし金一三〇〇円は本訴請求に含まれない文書料に充当したものである。

6  弁護士費用等

本件事故と相当因果関係を有する費用は、原告ら各自につき金一五〇万円である。

7  結論

よつて被告は原告両名に対し、各金一八九三万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五四年一月二三日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、車の衝突部位を否認し、その余の事実は認める。衝突部位は車の左側面の前寄りの部分である。

2  同2の事実は認める。

3  同3の(一)、(二)の事実のうち、晃人が原告らの三男で、死亡当時六歳の男児であつたことは認めるが、その余の事実は争う。

4  同4の事実のうち、晃人が原告らの三男であることは認める。

5  同5の事実のうち、原告らが支払を受けた金額を認める。

6  同6の事実は不知。

7  同7の主張は争う。

三  抗弁

晃人は、友達の家に急ぐあまり、バスが来るのを知つていながら、横断歩道の入口で一時止まることなく、横断歩道をかけ出していつたもので、晃人が横断歩道に入つたときその進行方向の信号は青になつたばかりで、飛出し的な行為として、被害者にも過失があつた。従つて賠償額を定めるにつき二五パーセントの過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

晃人の進行方向の信号が青であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

加害車の運転手山本一郎は、いわゆるアルコール中毒の状況にあつた上、血圧も高く、発作性上室性頻拍症の持病を有し、バスの運転手としての資質を欠いていた。そして山本一郎が歩行者に全く注意しなかつたため、歩行者用信号に従つて横断歩道を横断歩行中の晃人を轢過したもので、山本一郎の一方的且つ重大な過失によつて生じたものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実のうち、加害車の衝突部位を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、衝突部位は後記認定のとおり、加害車の左側面の前寄りの部分である。

二  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三  損害額について判断する。

1  逸失利益

晃人は死亡当時六歳の男子であつたことは当事者間に争いがないので一八歳から六七歳まで稼働可能であり、その間年収金三〇五万七〇〇円(毎月決まつて支給する現金給与額については、昭和五五年賃金構造基本統計調査第一表男子労働者の企業規模、年齢階級別計の金一九万八六〇〇円、年間賞与その他の特別給与額については、昭和五五年の統計表がないので昭和五四年の同統計表第一表男子労働者の企業規模、年齢階級別計の金六七万三八〇〇円の合計)を挙げ得たものと認められ、その間の生活費として五割を控除し、ライプニツツ計算法(係数一〇・一一七)に従つて中間利息を控除し、不法行為時の現価を算定すると、金一五四六万三八三四円となる。

原告らは、逸失利益の算定に当り、賃金の上昇分やインフレを考慮すべきであると主張し、これにそう甲第九号証、第一〇号証の一、二があるけれども、現在までの経済動向をもつて将来を予測することは極めて困難であるばかりでなく、原告らが受取るのは現在の貨幣価値によるものであるから、右証拠はいずれも採用できない。

2  慰藉料

被害者晃人は原告らの三男で、死亡当時六歳であつたことは当事者間に争いがなく、後記認定の本件事故状況等の事情を併せ考えると、原告らの慰藉料は、各金六〇〇万円とするのが相当である。

四  過失相殺の抗弁について判断する。

1  成立に争いのない甲第一三号証の一〇ないし二六によると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故地点の交差点は、八幡宮方面から海岸方面に向う県道と、長谷方面から材木座方面に向う市道が交差する十字路交差点で、交差点から八幡宮方面の道路は車道幅員九メートル、その両側に歩道(幅員五・四メートルと六・四メートル)があり、材木座方面への道は車道幅員六・八メートル、その両側に歩道(幅員二・三メートルと二メートル)があり、事故当時設置された信号機が作動していた。交差する道路のいずれにも横断歩道が設けられ、その手前には停止線が表示されていた。

(二)  山本一郎は加害車(定期バス車長一〇・五一メートル、車幅二・四八メートル)を運転して八幡宮方面から本件交差点にさしかかつたところ、進路前方の信号機が赤となつたので、停止線に停止した乗用車の後に停止した。進路(海岸方面)の信号が青になると前方の乗用車が発進して直進したので、加害車の左折の表示を出し、材木座方面に左折するため交差点に進入した際左側の角に学童が三名立つているのを認めたが、横断歩道に入ることはないものと考えて左折を始めた。加害車が左折する材木座方面の車道幅員が狭い上、材木座方面から進行して来た車両が停止線に停止していたため、加害車の右前部をその停止車両に接触しないよう左折するにはかなりの注意を要する状況にあつた。そのため山本一郎は、先に発見した左角の学童の動きに全く注意を払わず、停止車両との接触をさけることだけに気をとられて、時速約一五キロメートルの速度で左折し、交差点の材木座方面に設置された横断歩道(八幡宮方面から海岸方面に向う)を横切りはじめ、加害車の前部が横断歩道を渡り終えた頃、横断歩道の中央付近を早足で加害車の左側から右側に横断歩行中の晃人が、加害車の左側面のやや前寄りの部分に接触した。その際コツンと音がしたが、山本一郎は石がはねたものと考え、そのまま進行し、乗客の一人が右接触を知つて運転手に告げたが、事態をのみこめなかつたため更に進行を続け、後部左車輪で晃人を轢過した。これを見ていた他の車両の運転手がクラクシヨンをならしたため始めて停止した。

(三)  晃人は当時小学校一年生で、八幡宮方面から海岸方面に向け、左側の歩道を急ぎ足で歩行し、本件交差点にさしかかつたところ進路の信号が青になつたのでそのまま横断歩道に入り、早足で横断歩道の中央付近を歩行中、横断歩道に入つて約二メートルの地点で加害車の左側面のやや前寄りの部分に接触し、転倒して左後輪にまきこまれた。

右認定に反する甲第一三号証の二八はにわかに採用できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

2  右認定の事実によると、大型車の左折は、左側の視界が悪い上、いわゆる内輪差があるので、左側に十分注意して左折すべきであり、又信号が青になつた横断歩道を横切るときは歩行者の通行を妨げてはならないのに、山本一郎は横断歩道入口付近に学童がいたのを知り、しかもその横断歩道の信号が青であつたから、いつ学童が横断歩道に入るかも知れない状況にあつたにもかかわらず、横断歩道に入ることはないものと即断し、全く左側に対する注意を払わなかつたことが本件事故の主因であるが、一方前認定の事故状況からみて、晃人に全く過失がなかつたということもできない。その過失割合は、加害者九割、晃人が一割と認めるのを相当とする。

そこで前記損害に一割の過失相殺をすると、逸失利益は金一三九一万七四五〇円、慰藉料はそれぞれ金五四〇万円となる。

五  相続

原告らは晃人の父母であること当事者間に争いがないので、前記逸失利益金一三九一万七四五〇円の各二分の一あてを相続した。

六  填補

原告らが自賠責保険から金一五一三万一三〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、その内金一三〇〇円は原告らが本訴で請求していない文書料であることが推認される。

そうすると原告らの損害は、各金四七九万三七二五円となる。

七  弁護士費用

本件請求額、認容額、事案の内容等諸般の事情を総合すると、原告らの弁護士費用はそれぞれ金五〇万円と認める。

八  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、それぞれ金五二九万三七二五円及びこれに対する不法行為後の昭和五四年一月二三日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので正当として認容し、その余は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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